近年、日本でもピットブルを飼う人が増えつつありますが、一方でSNS上では「ピットブルの飼い主は頭がおかしい」という厳しい意見も見られます。
筋肉質な体と力強い顎を持つピットブルは「危険な犬種」として世界各国で規制の対象となっている一方で、熱心な愛好家も多く存在します。とはいえ、ピットブルほど誤解と偏見に満ちた犬種は珍しいと感じています。
本記事では、なぜピットブルの飼い主が「頭おかしい」と言われるのか、そしてメディアではあまり語られないピットブルの魅力について解説します。
ピットブルの概要

ピットブルとは、正式名称「アメリカン・ピット・ブル・テリア」の通称です。19世紀にイギリスからアメリカに渡ったスタッフォードシャー・ブル・テリアを基に、ブルドッグなどの闘犬との交配によって作られました。体高は45~55㎝、体重は15~35kg程度の中型犬で、筋肉質な体つきが特徴です。
現在、ピットブルはJKC(ジャパンケネルクラブ)やAKC(アメリカンケネルクラブ)では正式な犬種として登録されておらず、UKC(ユナイテッドケネルクラブ)とADBA(アメリカン・ドッグ・ブリーダーズ・アソシエイション)のみが「アメリカンピットブルテリア」として認めています。この「非公認」という立場が、一般社会でのピットブルの立ち位置をさらに複雑にしています。
歴史的には闘犬として育てられてきたピットブルですが、闘犬が禁止されるようになった現代では、その賢さや従順さを活かして家庭犬として飼育されるケースも増えています。しかし、その強靭な身体能力と遺伝的な要素から、世界各地で深刻な噛みつき事件が発生しており、オーストラリア、イギリス、ドイツなど多くの国で輸入・飼育が規制されています。
ピットブルの飼い主は頭おかしいと誤解される5つの理由
さて、ピットブルの飼い主に対して「頭がおかしい」という辛辣な心象を抱かれるのは、どうしてなのでしょうか?
一概には言えませんが、ここでは5つの理由について説明していきます。
理由1:突然豹変する危険性がある犬を飼う無謀さ
「ピットブルは突然豹変する」という声がネット上で多く見られます。実際、アメリカでは8年間ペットとして飼っていたピットブル2頭が突然、2歳と5ヶ月の幼い姉弟を攻撃して死亡させるという悲惨な事件も報告されています。これまで問題なく家族と暮らしていた犬が、予測不可能なタイミングで攻撃性を見せることがピットブル特有の問題だと考えられています。
動物行動学の専門家である高倉はるか氏は「犬種、遺伝の問題です」と指摘し、「ピットブルは普通の家で飼うには危険過ぎます」と警告しています。つまり、このような危険性を認識しながらもあえて飼育する人々は、リスクに対する認識が甘い、もしくは非常識だと見なされる傾向があるのです。
私の専門的見解としては、「豹変」というよりも「遺伝的に備わった行動特性が特定の刺激によって引き出される」と表現する方が正確です。どんな犬種にも行動特性の傾向があり、ピットブルの場合は闘争本能が強く、一度その本能のスイッチが入ると抑制が効きにくいという特徴があります。
理由2:社会的リスクを無視する行為
世界各地では「ピットブル規制法」が制定され、公共の場での管理義務付けや飼育禁止措置がとられています。そのような状況下で、「散歩中の公園で首を噛まれその後死亡」、「自転車に乗っていた10歳の少年が突然3頭のピットブルに襲われた」などの事件が海外で報告されています。
そうした事実を知りながらも飼育を選択する行為は、「社会的リスクを無視している」と批判されるのです。特に日本のような人口密度が高い環境では、もし事故が起きた場合の影響範囲が広いため、飼い主の責任は非常に重大です。
行動学的観点から言えば、強い咬合力と闘争継続性を持つピットブルが制御不能になった場合、一般の飼い主が対処できる範囲を超えることが多いのが現実です。そのリスクを十分理解せずに飼育する人は、社会的責任感に欠けると見なされがちです。
理由3:家族の安全より自己満足を優先する姿勢
一般家庭でピットブルを飼うことは、家族全員の安全にかかわる決断です。特に小さな子どもがいる家庭では、リスクはさらに高まります。アメリカの統計によれば、犬による死亡事故の約65%がピットブル種によるものとされています。
「普通なら家族の安全を最優先するはず」という社会的認識があるため、あえてリスクの高い犬種を選ぶ行為は「自分の趣味や自己満足を家族の安全より優先している」と批判される傾向があります。
私の経験では、多くのピットブル飼い主は「うちの子は大丈夫」という過信を持っていることが多いです。これは「オプティミスティックバイアス」と呼ばれる心理的傾向で、自分に関するリスクを過小評価してしまうのです。犬の行動は100%予測できるものではなく、どんなに温和な個体でも状況次第で本能的な行動を示す可能性があることを認識すべきです。
理由4:高度なしつけスキルなしに飼育する無責任さ
ピットブルは「飼い主への忠誠心が強く賢い、家族への愛情にあふれている犬」9と言われる反面、その資質を引き出すためには高度なしつけスキルが必要です。特に「飼育に適切な訓練が必要で、小さい頃から主従関係をはっきりさせ、飼い主が絶対的なリーダーであると認識させることが大切」5とされています。
しかし現実には、そのような専門的なしつけを行える飼い主は限られています。適切な知識やスキルがないにもかかわらず、見た目や珍しさだけでピットブルを選ぶ人は「無責任」だと批判されるのです。
私が関わった多くのケースでは、問題行動が発生した後に「想像していたより大変だった」と飼育放棄に至るケースも少なくありません。ピットブルに限らず、どの犬種でも適性を理解せずに飼い始めることは無責任ですが、ピットブルの場合は特にその傾向が強く批判されます。
理由5:逆張り心理と反社会的イメージへの憧れ
ピットブルを選ぶ飼い主の中には、この犬種が持つ「危険」「パワフル」というイメージに惹かれている人も少なくありません。世間一般の「ピットブルは危険」という認識に対して「そんなことはない」と主張することで、自分の判断力や独自性を示したいという心理が働いている場合もあります。
また、ピットブルが一部の反社会的グループのステータスシンボルとして扱われてきた歴史もあり、そうしたイメージに憧れる層も存在します。こうした「逆張り心理」や「反社会的イメージへの憧れ」が、ピットブルの飼い主に対する「頭がおかしい」という批判につながっているのです。
行動心理学的に見れば、これは「禁じられたものへの欲求」という古典的な心理現象の一種とも言えます。規制されているからこそ魅力を感じるという皮肉な心理が、一部の飼い主の動機になっていることは否定できません。
意外と知らないピットブルの魅力
しかし、世間では危険なイメージの強いピットブルですが、意外と知られていない魅力もあるようです。
その1:優れた感情知能と心の読み取り能力
ピットブルの意外な魅力の一つに、優れた感情知能があります。多くの飼い主が「落ち込んでいる飼い主がいると、そっとそばに来て和ませてくれる」と体験を語っています。これは単なる偶然ではなく、ピットブルが人間の感情状態を敏感に察知する能力を持っていることを示しています。
私の臨床経験でも、ピットブルは飼い主の気分の変化に非常に敏感に反応する傾向があります。悲しんでいる時には慰め、喜んでいる時には一緒に喜ぶという、まるで「感情の共有」とも言える行動を示すことが多いのです。
この特性は、闘犬として敵の動きを読み取る能力が、家庭犬として人間の感情を読み取る能力に転化したと考えられます。実際、適切に社会化されたピットブルは、セラピードッグとしても活躍しています。こうした感情知能の高さは、メディアでは滅多に取り上げられない魅力の一つです。
その2:「全身全霊で犬生を生きる」姿勢から学べること
ピットブルの飼い主に「リピーターが非常に多い」という特徴があります。これは一度ピットブルと暮らすと、その魅力に取り憑かれてしまうからでしょう。その最大の理由は、ピットブルの「全身全霊で犬生を生きている」という生き様にあります。
ピットブルは「本当にいっつも真直ぐ真剣で、惜しみなく愛情表現してきます」と表現されるように、中途半端な感情表現をしない犬種です。喜びも、愛情も、遊びも、全てを全力で表現します。この姿勢は私たち人間に「今この瞬間を精一杯生きる」という大切な教訓を与えてくれます。
私が関わったピットブルたちも、その「全力の生き方」に共通点がありました。彼らは過去にとらわれず、未来を心配せず、今この瞬間を全力で生きる姿勢を持っています。現代社会で常にストレスや不安を抱える私たち人間にとって、この生き方は一つの理想形と言えるかもしれません。

その3:忍耐力と子守り上手な意外な一面
ピットブルの意外な特徴として、「我慢強い、粘り強い一面」があります。これは闘犬としての歴史から来る特性ですが、家庭では「小さな子供に耳や尻尾を引っ張られても動じずに付き合ってあげる子守上手な犬」として発揮されます。
実際、適切にしつけられたピットブルは子どもに対して驚くほど寛容です。これは決して偶然ではなく、ピットブルが持つ「我慢強さ」という気質が、家庭環境では「子どもへの寛容さ」として表れているのです。
もちろん、どんな犬種でも子どもとの接触には常に大人の監視が必要ですが、ピットブルの子どもに対する寛容さは、多くの飼い主が口を揃えて証言する特徴です。この「強さと優しさの共存」こそ、ピットブルの最も興味深い魅力の一つではないでしょうか。
私の観察では、ピットブルは「階層的な社会構造」を本能的に理解しており、家族の中で自分よりも弱い立場の子どもや高齢者に対して特別な配慮を示す傾向があります。これは彼らの社会的知能の高さを示す重要な側面です。
まとめ:イメージが悪いだけなのかもしれない
ピットブルとその飼い主に対するネガティブなイメージは、実際の事故統計と一般大衆の恐怖心、そしてメディアによる偏った報道が複雑に絡み合って形成されています。確かに、ピットブルは物理的な危険性を持つ犬種であり、その力と闘争本能を過小評価することはできません。
しかし同時に、彼らには「明るく陽気な性格」、「飼い主への忠誠心と愛情の強さ」、「人懐っこさ」など、魅力的な特性も数多く存在します。問題は犬種そのものよりも、「適切な飼育環境と責任ある飼い主の存在」が決定的に重要だという点です。
ピットブルの飼育を全面的に否定するのではなく、以下の条件を満たす人にのみ推奨されるべきだと考えます:
- 犬の行動学と訓練に関する十分な知識と経験がある
- 犬の身体的特性と潜在的リスクを完全に理解している
- 十分な運動環境と時間的余裕がある
- 法的・社会的責任を引き受ける覚悟がある
ピットブルの飼い主が「頭おかしい」と言われる背景には、こうした条件を満たさずに安易に飼育を始める人々への批判が含まれているのかもしれません。最終的には、犬種選びは単なる好みの問題ではなく、自分のライフスタイルや能力に合った責任ある選択であるべきです。
ピットブルに対する社会的偏見を解消するためには、彼らの魅力を伝えると同時に、その特性に合った適切な飼育環境と飼い主の責任についても広く啓発していく必要があるでしょう。そうすることで、「頭おかしい」という批判ではなく、「責任ある犬の飼い主」として社会的に認められる道が開かれるのではないでしょうか。
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