ピットブルは筋肉質で力強い体つきと忠誠心の強さで知られる一方、その潜在的な危険性から世界各国で規制対象となっている犬種です。闘犬として品種改良された歴史を持ち、一度噛みついたら離さない強靭な顎の力が特徴とされています。
日本国内でも深刻な事故が報告されており、犬の飼育管理の在り方について議論を呼んでいます。本記事では、ピットブルによる死亡・重傷事故の実例と、日本および世界における規制状況を詳しく解説します。愛犬家の方も、これからペットを迎える方も、犬種特性と社会的責任について理解を深める一助となれば幸いです。
ピットブルによる死亡事故まとめ
ピットブルによる事故は国内外で報告されており、その深刻さから社会問題として取り上げられることも少なくありません。ここでは代表的な事例を紹介します。
その1:沖縄県での児童死亡事故(1995年)
1995年4月、沖縄県石川市(現在のうるま市)で痛ましい事故が発生しました。公園で遊んでいた女児2人が放し飼いにされていたピットブル2頭に襲われ、1人が死亡、1人が大怪我を負いました。
事故の詳細によると、公園遊歩道で遊んでいたA子(当時6歳)の左大腿部に、放し飼いされていた生後8ヶ月の雄のピットブルが噛みつきました。A子を助けようと駆け寄ってきたB子(当時5歳)に対し、別の茶色の雄(生後約1年4か月)が頭部に噛みつき、同所から南西約40メートルの地点の雑木林内に引きずり込みました。
雑木林内では、2頭のピットブルが女児の全身を交互に噛みつき、身挫裂創等の傷害による出血性ショックにより、女児は死亡しました。この事件を受けて、飼い主には重過失致死により禁固1年の刑が下されています。この悲惨な事故は、犬の適切な管理の重要性を社会に強く訴えるきっかけとなりました。
その2:栃木市での連続被害事件(2024年)
2024年4月、栃木市内の路上で、ピットブルに噛まれて男女4人が軽傷を負う事故が発生しました。被害者の一人である散歩中の女性(25歳)のポメラニアンに、突然ピットブルが襲いかかりました。助けようとした女性(50歳)は「すごい勢いでポメラニアンを引きずり回していた」と証言し、自身も腕を噛まれ「あごの力が強く、とにかく離れなかった」と恐怖を語っています。

現場に居合わせた近隣男性(34歳)によると、「家から持ち出した飼い犬のリードや、ベルトを首輪代わりにして取り押さえようと、その場はパニック状態だった」と混乱ぶりを伝えています。警察官2人によって捕獲された後も、犬の興奮状態は収まらなかったとのことです。
飼い主は50代男性で、計3頭のピットブルを飼育していました。当日は2頭が逃げ出し、うち1頭は事故現場近くで電車にはねられ死亡しました。飼い主は「数日前に工事業者が入り、逃げるのを防ぐフェンスが動かされ、そこから逃げ出したのではないか」と説明していますが、近くには中学校もあり、被害女性は「平日の登下校の時間だったら」と危険性を懸念しています。
その3:岐阜県での高校生被害事件(2023年)
2023年8月、岐阜県各務原市で高校生など2人が犬に噛まれ大けがをする事件が発生しました。この犬は「世界最強の闘犬」とも呼ばれるピットブルでした。
各務原市に住む高校生、原口将さん(16歳)は自転車で登校途中にピットブルに噛まれ、全治1カ月半の大けがを負いました。事故から約1年経過した現在も、足には傷痕が残っているといいます。
ピットブルを連れていたのは80歳の高齢男性で、男性に散歩をさせていた飼い主の27歳の女性が重過失致傷の罪で2024年3月に起訴されました。この女性は2022年11月にも、自ら散歩させていたピットブルが当時83歳の女性に噛みつき、全治1カ月の大けがをさせた罪にも問われています。

2024年7月17日、岐阜地裁は「ピットブルのしつけが出来ておらず、不適切な仕方で散歩をさせたら、重大な事故が生じる危険は十分予見できた」などとして、この女性に禁錮6カ月、執行猶予4年の判決を言い渡しました。被害者の原口さんは「大型犬を見ると思い出して、ちょっと怖いなと思います。僕以外にもピットブルに噛まれた人がいるし、条例か何かを作って飼うのを制限してほしい」と語っています。
日本では規制されているのか?
ピットブルの飼育に関して、日本では全国統一の禁止法はありませんが、一部の自治体では独自に規制を設けています。
茨城県の「特定犬」規制
茨城県は1979年に条例を施行し、ピットブルや秋田犬など8犬種を「特定犬」として定め、屋外ではおりの中で飼うことを義務付けています。これは1978年に女児が大型犬に噛み殺される2件の事故を踏まえた対応でした。茨城県が「特定犬」に指定している8犬種は以下の通りです:
- 秋田犬
- 紀州犬
- 土佐犬
- ジャーマン・シェパード
- ドーベルマン
- グレートデン
- セントバーナード
- アメリカン・スタッフォードシャー・テリア(アメリカン・ピット・ブル・テリア)
他自治体の対応状況
茨城県以外では、佐賀県や札幌市でも同様の条例が設けられています。これらの自治体では「人に危害を加える恐れのある犬や、咬傷事故を起こした際に重大な事故になる可能性が高い犬」を特定犬として規制しています。
一方、栃木県では条例で飼い犬の放し飼いを禁じ、常時つなぎ留めておくよう義務付けていますが、特定犬種の規定は設けていません。栃木県の担当者は「現時点で特定犬の規定を設ける予定はない」との認識を示しています。
ピットブルはなぜ危険なのか?

ピットブルが危険視される理由には、歴史的背景と生物学的特性の両面があります。
ピットブルは元々闘犬として品種改良された犬種です。正式名称「アメリカン・ピット・ブル・テリア」は、イギリスからアメリカに輸入された「スタッフォードシャー・ブルテリア」をベースに作られました。
ピットブルは19世紀ごろ、スタフォードシャーテリアとブルドッグを掛け合わせて闘犬として誕生しました。闘犬に求められる特性は「負けない犬」「負けを認めない犬」であり、通常の社会性を持つ犬同士が争う場合とは異なり、相手が「降参」のサインを出してもやめない特性が意図的に強化されました。
動物行動学の専門家によれば、「ピットブルは噛みついたら相手が死ぬまで離しません。攻撃場所も頭やのどなど、致命傷となるところを狙います。嚙む力もとても強い」という特性があります。さらに「本人も痛みに強く作られているので、いったん噛みつくと、本人がケガを負うほど殴打されても離しません」という点も危険性を高めています。
一方で、ピットブルは適切な訓練としつけによって穏やかな性質を引き出すことも可能です。飼い主への忠誠心と愛情がとても強い犬種であり、しつけによって忠実で指示に従う賢い犬種でもあります。実際、平常時は「とても賢く忠誠心がある心優しい犬種」であり、「穏やかで明るい元気な犬種」との評価もあります。
しかし、訓練が不適切であったり、興奮状態になったりすると制御が難しくなる特性があります。台湾のピットブル規制導入時に、世界愛犬連盟(WDA)の創設者である玄陵氏は「悪人はいるが、悪犬はいない」と述べていますが、これはピットブルの問題が犬自体よりも飼い育て方にあることを示唆しています。
まとめ:世界では飼うこと自体が禁止されている
ピットブルをめぐる規制は世界各国で異なり、国によっては飼育自体が禁止されています。
イギリスではすでにピットブルの飼育は禁止されており、アメリカの多くの州でも飼うことはできません。台湾では2022年3月1日からピットブルの飼育と輸出を禁止する条例が施行されました。台湾の禁止令では、アメリカン ピットブルテリア(またはアメリカン ピットブル)とアメリカンスタッフォードシャーテリアが対象となっていますが、他のピットブル系混血犬は対象外とされています。
日本では全国的な禁止措置はありませんが、茨城県や札幌市、佐賀市などでは「特定犬」として飼育に制限が設けられています。しかし、栃木県での事故や岐阜県での判決事例にあるように、規制のない地域でも重大事故は発生しています。被害者からは「条例か何かを作って飼うのを制限してほしい」という声があがる一方、専門家からは「ダメな飼い主がいる」ことが本質的な問題であるとの指摘もあります。
犬を飼うという行為は、単なる個人の趣味趣向を超えた社会的責任を伴います。特に攻撃性の高い犬種については、飼い主の管理責任と社会的リスクのバランスを慎重に考慮し、人と犬が安全に共存できる環境づくりを目指していくことが大切です。
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